運命の彼女

浮気相手ってなにかといえば、好きになったのが遅かった人ってことでしょ?

つまり本命の相手と出会って恋に落ちて、そのあとに浮気相手と出会って好きになった、という、いわば順番が問われている問題、ということですよね。

なので、浮気相手から本命になろうと思えば、ごくふつうの恋愛とおなじように、相手に自分のことを好きになってもらえる方法をとればよく、そういうハウツーはもうネットに腐るほど出ているので、それを参考にすればよく、ここに書くまでもないことだし、書いたところで読んでいる人が食傷気味になるのが目に見えてわかっているので、ここではちがうことを書きます。

ボディータッチ

■たとえば彼の浮気相手から本命に出世したい女子の場合

本命の相手とおなじように「相手に好きになってもらえること」をすればいいわけですが、浮気相手から本命に出世しようと思うと、どうしても本命の相手に競争心というか闘争心というかライバル心が生まれると思います。

問題はこれ(こいつ!)じゃないかなと思います。

たとえば彼の浮気相手から本命に出世したい女子の場合、「やっぱり彼の人生をまるごと理解してあげれるのは、今の本命の彼女だけなんだろうな……だって彼女と彼はおなじ職場だし、育ちも似ているって彼が言っていたし、卒業した大学もおなじだし」なんて具合に、本命の彼女のほうが有利な条件を、いくつも心のなかでリストアップしちゃうことって、ありませんか?

ときには「育ち」とか「環境」とか、果ては「運命」という言葉まで持ち出してきて、「だからわたしは、彼の本命の彼女の座には座れないんだろうな」と、夜ごと涙で枕を濡らしてみたり。

■つねに自分の気持ちだけがライバル

でも、「育ち」がどうであろうと「運命」がどうであろうと、ようするに先に書いたように順番だけが問題なわけであって、神様でもないわたしたち素人が「運命」なんて言い出したらもうおしまいなわけで。なぜなら私たちは神様ではないから。

あくまでも彼が「浮気相手とは楽しく気持ちいい遊びができればそれだけでOK。本命はまた別」とは思っておらず、彼も、わずかではあっても「きっかけがあれば本命の彼女と別れて、浮気相手を選びたい」と思っているという前提で言いますが、そういうときって、他人との競争じゃなくて、自分の気持ちと競争しないと、勝負に負けます。

とくに男子って、女子に比較級的なものの言い方をされるのが、すごくイヤだからです。

「本命の彼女には指輪を買ってあげたのに、わたしには買ってくれないんだ」「本命の彼女とは2万円の焼肉に行ったのに、わたしには810円の焼肉定食なんだ」こういう言い方を、男子は嫌います。

だから浮気相手から本命へと昇進したければ、つねに自分の気持ちだけがライバル。自分の気持ちの動きだけに集中すること。

■浮気問題が収束に向かうとき

ただし、何年も経ってわかることとして、「浮気相手の彼はやっぱり、ガチンコで本命としてつきあう相手ではなくて、わたしの人生に花を添えてくれる相手だったし、それでよかったんだ」と思えるときが来ることもあります。

「お互いの精神が(人生が)、深いところでシンクロするのが本命」と定義するなら、「シンクロしないでよかった相手」というのも出てくるでしょ? つまりたとえば「通りすがりにちょっと出会って楽しかった相手」というのも出てくるはず。

浮気相手をことさらライバル視していたのでは、なかなかこういう自分の精神の動きなんて見えてこないものです。

そしてこういうことが見えてきてはじめて(というか、やっと)、ひとつの浮気問題(=順番の問題)が、ちょうどいい着地点を見つけて、ことが収束に向かうのです。(ひとみしょう/文筆家)

(愛カツ編集部)