あたしだけ

万人に当てはまる「モテの法則」はありません。

輝いている女子はモテるから、あなたもモテたいならば輝くといいです、輝くことがすなわちモテの法則です、と言ったところで、

輝いていない女子のほうが好きという男子はたくさんいます。

コンプレックスがあって、暗い女子こそが好きなんだ、という男子もいるんですよねぇ。

でも(これも一般論にはなりますが)、「みんな」に好かれようとする女子が好き、という男子は非常に少ないもの。

男子は、女子のなかに「おれだけの特別ななにか」を見るから好きになるものです。

女子もおなじだと思います。

彼のなかに「あたしだけの特別な場所」があるか、を瞬時に判断するでしょう。

あたしだけ

オールマイティーは意味がない

モテるために、洋服はこうしたほうがいいとか、飲み会における言動としてこれは気を付けたほうがいい、と書いてある恋愛コラムはたくさんあります。

それらの多くは、もっともらしさが担保されていますが、どれもこれもを実践する必要はまったくありません。

オールマイティーな女子である必要はないのです。

あれもこれも、ちょっとずつ美味しいものが入っているお弁当、それは幕の内弁当です。

でも、唐揚げだけしか入っていないお弁当とか、しゅうまいしか入っていないお弁当のほうが、男性には人気だったりもします。

ほかの多くのところに欠点があるけれど、ある部分だけは極めて優れている……こういう女子のほうがモテやすいのです。

人はその人の「優れているところ」を見ていない

ただし、人は(これまた一般的に)、その人の優れている部分を好きになるわけではありません。

優れている部分なんて、それこそ「風景」のように、あまり見ていないことのほうが多いと言えます。

たとえば、性格も顔もいいし、仕事もよくできる「けれど」なにやら、めっちゃ色っぽい、

というように、優れているところの影にある「なにやらおかしげなところ」を見て、その人のことを好きになることのほうが多いのではないでしょうか。

人は誰しも完璧ではなく、できないことや、至らない部分をいくつも抱えています。

そういうところが「できていること」や「至っているところ」と一緒になることによって、

いぶし銀のように輝くのです。

「モテの世界の扉」が開く瞬間

そのため、モテる女子は、自分ができないことや自分の至らない部分をおおっぴらに言うことができます。

たとえば男子が「かわいいねえ」と言えば、「でもあたしの部屋、とても汚いの」とか……。

幕の内弁当みたいに、あれもこれもそれも「それなりに」持っていて、モテている女子はあまり欠点を言いません。

これは持っているけど、あれは持っていない。

それでも良ければどう? という文脈で語ることが多いものです。

自分の優れている部分を1つでもわかっていると、

自分のダメなところを、自然とオープンにできるようになります。

それこそが、「モテの世界の扉」が開く瞬間です。(ひとみしょう/ライター)

(愛カツ編集部)