さて、今回は、女性がすごく気になっているであろうことの核心に迫ってみたいと思います。

遊び相手でなく、付き合っている彼女との体の相性って、男性はどこまで重視しているのだろうか?

例えば、性格はすごく合って楽しいのに、体の相性や互いのしたい頻度などが全然合わない場合、それらは男性にとって別れの要因になるのだろうか?

どうですか? こういうことって気になりませんか?

■まずは凸と凹のサイズ感に関する男のホンネ

男性が言う体の相性には、いわゆる凸と凹のサイズの問題、つまり物理的な問題と、精神的な問題の両方が含まれます。

彼女と何回ヤッても、物理的なサイズ感がしっくりこないとなると、彼女のことが好きでも別れようかなと思います。

サイズの小さな洋服を着続けることって誰にもできないですよね? サイズの大きいぶかぶかの洋服をいつまでも着続けることも、ちょっとむずかしい。

こういうのはもう、運が悪かったと思ってあきらめるしかない――こう判断するのが、おそらく一般的な男性の考え方じゃないかなと思います。

これ、男はセックスが好きとか、男はエロいとか、そういうことじゃないんですよね。あくまでもサイズ感が微妙な洋服を着ることが男の身体にもたらす生理的不快感みたいなものが別れのきっかけになる、ということです。

ただし、サイズ感については徐々に是正されることもあると知っている男性もいるので、1回ヤッてサイズ感がしっくりこなかったので即別れましょうとはならないこともあります。

何回もヤッたのち、それでもサイズ感がしっくりこないと別れようかなあと思います。

■精神面から見る体の相性とは?

でですね、男性が言う体の相性で、物理的なサイズ感より重要になってくるのが精神的なことです。

男性が言う精神的なこととは「エッチの希望頻度の一致」であり、「エッチしている時に得られる安心感」のことです。

たとえば、風俗店で遊びたくないと言う男性がいます。お金を払ってセックスするのは嫌だと。なぜなのか?

男女双方が好意を持ち寄って楽しくヤルのがセックスである、と彼は考えているからです。つまり片方がやる気満々で、片方がしれっとしている状態でヤるセックスに違和感を覚えるということです。

男ってセックス大好きでヤレれば誰でもいい――世の中にはこういう論調もあるけれど、好意と好意を持ち寄って楽しみたいという、いわば少年性みたいなものも、男性の体内にはちゃんとあるんです。

で、そういう少年性由来のセックスをしたくても、どうしても恋人をつくれない(恋人ができない)となれば、仕方なく風俗店に通う、ということです。

彼女とエッチの希望頻度が合わなくても少年性は崩壊します。エッチの時「包み込んでくれている安心感と温もり」を感じられなくても少年性は崩壊します。

つまり男性が言う体の相性って「おれの少年性を満たしてくれているかどうか」ということです。

■女性は「彼のを受け入れる」立場だから

男たちは少年時代から「おれのことを温かく迎え入れてくれ、気持ちよく包み込んでくれる行為=セックス」と思ってきました。繰り返しになりますが、

それは「男はエロい」とか「男はセックス大好き」というような、よがった見方だけでは済まないことなんです。

なんといっても彼らは、壊れそうなガラスのハートという少年性を、彼女に安心してゆだねたいと思っているのだから。

だから「エッチの頻度」や「エッチしている時に得られる安心感」がしっくりこない、つまり体の相性がよくないと、彼女から気持ちが離れていってしまうのです。

具体的には「彼女のことは好きだけど、恋人ではなくいい友達として仲良くしたい」と思うのです。

反対に、少年性を包み込んでくれているかのようなセックスをしたら、その相手がお金を払った風俗嬢であっても、彼は「この風俗嬢となんとしても付き合いたい」と熱を入れ上げ、

あれやこれやの末に、破産寸前までその店に通いつめるか、ストーカーになるのです。

太古より、身体の構造として、男が凸で女性が凹である以上、男が「心身ともに受け入れてほしい」と願い、その「受け入れられ具合」にことさらこだわる、

つまり相性にこだわるのは、おそらく大昔からあることで、今さらどうしようもないことでしょう。(ひとみしょう/文筆家)

(愛カツ編集部)