飽きられる女

付き合っていて「飽きられる女」と「飽きられない女」の決定的な違いとは?

それって「引き出しが多いか少ないか」です。

もっと厳密に言うと「広くて深い引き出しをいくつ持っているのか」です。

飽きられる女

いつもコンビニ弁当の女子

たとえば、食事はコンビニ弁当で全然OKという女子。飽きられやすいんです。

反対に、美味しいものをたくさん知っているとか、美味しいお店をたくさん知っている女子は、自炊する時にそういう情報がパッと浮かんでくるんですよね。

だから、ひとりで自炊してひとりで食べるにしても、そこに精神的な豊かさが生まれます。

コンビニ弁当を食べている女子が、ひとりで弁当を食べながら「べつに美味しくないし」と、しれっとしているとき、自炊女子は「美味しいな」と思っています。

そういう毎日の積み重ねが、その人の引き出しを広く、深くします。また、引き出しの数が増えます。

テレビかネットゲームか

暇な時間に、テレビを見るかネットゲームをするか、どちらかしかやることがない女子というのも、わりと男に飽きられやすいですよね。

テレビも見るし、ネットゲームもするし、フィットネスクラブでカラダを動かすこともあるし、友達と食事に行くこともあるし……。

自分の興味関心を自分で育てていける人は、わりと彼氏に飽きられないで長続きしているのではないでしょうか。

細かく動かない女子

エッチがめんどくさいという女子の中で、ホントにエッチで気持ちいい思いをしたことのない人は別。

でもホントにめんどくさがってるだけの女子って、彼氏に飽きられやすいはずです。

気持ちいいのはわかっているけど、なんかやる気が起きない、みたいな女子のことね。

エッチなんて、したくなければ別にしなくったって死にはしないけど、人生に対する姿勢と似ていたりもするんですよね。

エッチがめんどくさいっている人って、ふだんの生活でも生きている輝きに欠けるというか。

好奇心とか生きる希望って、自分でつくっていくしかないものです。

どうしても生きる気力が湧いてこないときって誰にでもあると思うけど、元気出していきましょ!

「経験の質と量」に比例する

たとえばネットの情報では「長く付き合っていてもミステリアスな部分があると飽きられない」「自分の世界があり自分を持っていると飽きられない」と言われています。

また、「男に尽くし過ぎないことが飽きられないコツです」という人もいます。

がしかし、男ってなにも「ミステリアスなところがあるから飽きない」と思っているわけでもなければ「この子は自分の世界観があるから飽きない」と思っているわけでもないんですよね。

さらには「おれに尽くしすぎている彼女のことは飽きました」ということもないんですよね。

男に飽きられるか飽きられないかは、冒頭に書いた「引き出しの数・深さ」によります。

それは具体的にいうと「経験の質と量による」ということです。

自分なりに精一杯生きてきた人と、なんとなく流れに乗っかって要領の良さだけで生きてきた人とでは、経験の質と量が違います。

そして男は、それを目ざとく見抜くのです。

「飽きる」という言葉って、じつは重たい言葉なんです。

「女として」彼に飽きられた、というのは、つまり、あなたが人としての魅力に乏しいことを意味します。

「飽きる」という言葉って、みなさん気軽に使っていますが、本当はそれくらい重たい言葉。

だから常識ある人は、相手に対して「飽きた」なんて言いません。

ネットにはたくさん書かれているけれど、実社会では相手に飽きたなんて言わないでしょ?

誰だって、多かれ少なかれ、同じ相手とずっと一緒にいたら飽きて当たり前。

でも「飽きた」と思った自分に対し、自省するでしょ?「僕が・私が、相手にこういう提案をすれば、再びふたりで楽しくなるかな」とかと思うでしょ?

飽きたのなら、ふたりで何らか新しいことをしようと思うでしょ?

そう思えることが知性であり、精神的な豊かさであり、新しい経験を積む第一歩であるはずです。

「飽きたから終わり」って、子どもの遊びじゃないんだから、もっと頭を使ってものを考える姿勢が大切。

(ひとみしょう/作家)

(愛カツ編集部)