いつの頃からか、「愛され女子」という言葉がネットの恋愛コラムで多用されるようになりました。

愛されたい!それも、好きな男子に愛されたい!という、多くの女子の願いが生んだ言葉だろうと思います。

さて、では究極的に、男性に愛されるというのはどういうことなのでしょうか。

そしてまた、愛されようとして愛されるものなのでしょうか?

今回はこのようなテーマを、愛について「神話」をもとに一緒に見ていきたいと思います。

なぜわたしたちは愛されたいと思うのか?

神話によると、その昔、人は、2人で1人だったとされています。背中と背中がくっついて2人で1人だったんですね。

そして、この「2人で1人」には、3種類あったそうです。(男+男)(女+女)(男+女)の3種類です。

でも、2人で1人だとなにかと不便だということで、神様が「1人で1人(つまり今の私たち)」に分離させたそうです。

そしたら、「半分が半分を探す」ことになり、探した結果、自分の半身と出会うと、驚くほどの愛情と親密さとエロス(この場合は恋心)を感じるようになったそうです。

ふたりは互いに、セックスしたいだけでなく、魂の震えとしか言えないようなものを、相手に求めるようになったとのことです。

また、もともと(男+男)(女+女)だった人は同性を愛するようになり、(男+女)の男だった人は、女好きで浮気性になり、女だった人は男好きで浮気性になった、とのこと……。

つまり、今の私たちが、愛する人と1つになりたいと希求するのは、こういった過去による、ということが、2000年以上読み継がれている本に書かれているんですね。

男性に愛されるというのはどういうことなのか?

このようなお話をもとに、男性に愛されるというのはどういうことなのか?について答えるなら、男性に愛されるというのは、男性に「君と1つになりたい」と望まれる、ということです。

先ほどご紹介した神話でいうなら、彼があなたのことを「この子は遠い昔、俺の半身だったはずだ」と認識するから、愛されるという現象が起こる、ということです。

たとえば、アニメーション映画監督・新海誠さんの『君の名は。』や『秒速5センチメートル』でも、まるで自分の半身を探すように、男女が惹かれ合う様子が描かれていますよね。

「愛される」ということ。それはつまり、「半分」が「もう半分」がなぜかとても惹かれる、ということなのです。

愛されようとして愛されるもの?

さて、では、愛されようとして愛されるものなのでしょうか?

この問いについて、答えは「NO」でしょう。

愛されようとしても愛されない、つまり、好きな人と断絶されるのが、この世における「ふつう」であり、この世のデフォルトだと、私は思います。

だからこそ、わたしたちは愛する人と1つになりたいと、つねに思い悩むのです。

だから、偶然にも、奇跡的にも、愛する人と1つになれたら、それに「望外の喜び」を感じるわけでしょう?

望外の喜びという言い方がむずかしいのであれば、そこに運命を感じちゃうわけでしょう?

先に挙げた新海誠監督の作品が好きな人は多いし、新海監督はインタビューでいつもニコニコしているけれど、彼は「人と人は分かり合えないのがデフォルトだ」という、非常にシビアな人間観をお持ちです。

だから、分かりあえた瞬間は、あんなにも美しく、尊いものなのです。

どうすれば愛され女子になれる?

最後に、どうすれば愛され女子になれるのか?について触れておきましょう。

その方法も先に挙げた神話から説明すると、自分の「半分」を、相手の中に探すクセをつけると愛され女子になれます。

たとえば、マッチョな男子がなぜか好きな女子は、その昔、マッチョな男と(男+女)として1つだった可能性があります。若くして20歳以上年上のおじさんがなぜか好きな女子は、その昔、おじさんと一体だった可能性があります。

「そんなバカな」と感じるかもしれませんが、神話はそういっているのです。

愛され女子は、この事実を、なぜか知っている人です。

みなさん、「自分の半分」を求めてさまよっているのです。それで多くの人はカップルになれているのです。誰もがつねに「もう半分」を求めているからカップルになれたのです。

自分が何がほしいのかをやがて言語化できる頃、あなたは愛され女子になれます。同時に「愛する女子」になれます。

あなたが知らないところで、今日もあなたの愛は「もう半分」と出会う努力をしてくれています。

でも、それは無意識下で、なかなか気づけるものではありません。先にも言ったように、出会いは奇跡的なものであり、いくら「愛されたい」と願ったところで、それが 必ずしも叶うわけではないからです。

しかし、「愛される人」というのは、その運命のようなものを感じ取ることができる。

その理由は、「いつも自分の周りを感じ取っている」からではないでしょうか。

自分の周りに流れる「空気」だったり、誰かの視線、自然の移り変わりなんかを、敏感に感じ取っている―――そう言い換えてもいいかもしれません。

「愛されたい」と願うのなら、まずはあなた自身の身の回りの変化を、敏感に感じ取ってみてください。

やがて、あなたの「半分」との縁も感じられてくるはずだから……。

あなたが「もう半分」に出会えますように。

※参考

『饗宴』プラトン著(中澤務訳)光文社(2013年)

「2人で1人」の人間を1人ずつに分けたら、神様に対するお供えものも倍に増えて、神様的にもおいしいよね!
みたいなことを書いてある、読んでいて楽しい本なので、興味を持たれた方はぜひお読みになってください。

ちなみにタイトルの『饗宴』は、「居酒屋トーク」みたいなニュアンスです。
ようするにお酒を飲みながらエロス(恋愛)について語っている本です。

※新海誠論は榎本正樹氏(文芸評論家)の解釈を参考

(ひとみしょう/作家)

(愛カツ編集部)